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中学3年生になった私。

周りは一気に受験モードだ。

将来の夢や、志望校を
いよいよ真剣に考え始める時期。


私には何の欲も希望も無かった。

将来の夢も無ければ、
行きたい高校も特に無い。

友達に誘われて学校見学にも
数ヶ所行ったが、特にピンと来ない。

「どうせお母さんと同じ高校に
行けば良いんでしょ。」と
心のどこかで確信していたことが
原因なのかもしれない。


友達みんなと、
どんなに楽しい日々を過ごしていても、

私の頭の中にある、
自分の将来の想像は「死」


ある日、自分の将来の夢や
進路希望を記入する紙が配られた。

全く真剣に考えていなかった私は、

将来の夢の欄に、
「玉の輿にのること」と
適当に書いて提出した。


そして、放課後、
担任の先生に呼ばれた。

担任の女の先生は、
すごく良い先生で、
みんな友達のように
とても仲良くしていた。


そんな先生から、
「ちょっとえりか。
将来の夢、ふざけて書いたでしょ。
ちゃんと答えて。」と言われた。

私は、
「将来の夢なんて全くない。
ほんとに無いんだよー!」
と素直に答えた。

すると、先生は分かってくれて、
「一緒に考えよう。」と言い、
とことん私と話をしてくれた。


「まず、何でも良いから、
大人の人を見て楽しそうだな
って思ったことある?」

「これは絶対にしたくない
っていうことはある?」

何でそんなこと聞くの?
っていう話から始まり、
色々と先生からの質問が続いた。

先生と話し始めて
20分が経った頃...


先生:「この人優しいなって思ったことは?」

私:「この前行った
整骨院の女の人が優しかったかな。」

先生:「その人たち、
楽しそうに働いてなかった?」

私:「んー確かにみんなで喋って
笑ってたし、仕事も楽そうだった。」

先生:「自分がその仕事をするって
ちょっと想像してみて。嫌じゃない?」

私:「別に嫌じゃない。」


先生:「整骨院で働く女の人は、看護師さんなの。
まず看護師さんになるっていうのはどう?」

私:「手術とか内臓とかを見るのが苦手だから、
その勉強をするのは多分無理。」

先生:「看護師さんじゃなくても良い、
そんな雰囲気の仕事が良いのかもね。」

私:「じゃあ、眼科の女の人は?」

先生:「あー眼科の人も看護師さんだ。」

私:「じゃぁ、歯医者さんは?」

先生:「歯医者さんは、歯科衛生士だから、
看護師にはならなくても働けるよ。」

私:「歯医者のお姉さんいつも優しいし、
歯医者で働くのは嫌じゃないかも!」



私は先生との会話の流れで、
自分の将来について少しずつ
リアルに考えることが出来ていた。


「先生の教え子で、
商業高校から歯科衛生士の学校に
進んだ子も居るんだけど、

えりかは数学が得意だから
まずは数字を活かせる学校で勉強してから、
その後に歯科衛生士に進んでみたら?

えりかには数学の勉強も
続けてほしいって思ってたし。
その高校だったら、
えりかの家からすぐ近くだよ。」

と先生から提案された。


私は確かに数学が得意だったし、
私にその道が適しているなら
そうしてみようかなって思った。


その後、
三者面談も行われて、
母にも話しをした。

先生が、
「看護師は無理だけど、
歯科衛生士の勉強なら
本人が出来そうということで...」

と言った瞬間、

「いや、それなら看護師になりなさい!
歯科衛生士より絶対看護師が良いから。」

いつもの母からの
強制的な導きだった。


私は意地になって、
「看護師は絶対無理だから」
と拒否してみた。

しかし、
母が私の気持ちに
納得するはずがない。


すると、
先生が私の気持ちや、
私に向いていることを
母に話してくれた。

母も先生のことは、
とても信頼している。


「あの先生は、
お母さんと思ってることが同じだから、
えりかのことを良く分かってる。」

母にとっての信頼とは、
自分の思い通りになる人なのだろう。


そんな先生からの説得もあって、
母は渋々納得してくれた。


帰りの車の中、
「えりかが看護師になってくれたら、
お母さんの思い通りだったんだけど。」
と言われた。

この言葉は、20年経った、
現在でも時々言われている。


「お母さんと同じ高校に
行かなくて良かったの?」と
気になっていた事を母に聞くと、

「お母さん、一度もあんたに
そんな事言ったことないけど。
勝手に勘違いしないでよね。」


いつも先回りして、
母の気持ちを感じ取って
母が納得するような言動をしていた私。

その癖や習慣が仇となって、
自分で自分を苦しめていたのだろう。

私の勘違いだったのだと、
少しホッとした。


こうして、
私の将来の夢、
進路希望は決まった。

この時の担任の先生には、
本当に感謝している。

先生と2人で話した
あの日の放課後が、

私の“ターニングポイント”
と言っても過言ではないくらい、
私の人生に影響を与えた日だった。

あの時の先生との会話は、
今でもずっと鮮明に覚えている。


つづく。